王冠へと至る見つめる少年の道
ある日白い襟の服を着た少年は旅に出た
狂喜の画家は右手に筆を取りただそれを見送った
彼は、罪深きジキルとハイドを従え進む
そしてバーゼルの狂犬が永遠の眠りにつく時
金色の輝く王冠を頂いた少年が其処に佇むだろう。
「…なんだこれ」
監査君が朝起きると謎の手紙が届いていました。
どうやら怪文章のようですが…
「どうしろって言うのさ…」
裏面には“今日中にこの謎を解かなければ、貴方の秘密をバラします”と書かれていました。ただの脅し文句です。
監査君はどうすべきが考えました。そして、考えに考えて…
「差出人が気になるし、調べてみよう」
こうして、監査君の大冒険は幕を切ったのでした。
「委員長」
「今は委員長じゃないよ」
「失礼、鴻先輩。それと元会計さん」
「おはよー監査君。因みに名前覚えてる?」
「おはようございます。えっと、寡黙の寡に櫛で、寡櫛先輩ですよね」
最初に会ったのは元選挙管理委員会委員長と元生徒会会計さんでした。
この二人はある事件をきっかけに急速に仲良くなったのですが、ここでは割愛。
談話室で二人イチャイチャしてるところを監査君は“この二人に恋愛感情が無いなんて色々詐欺だ”なんて思いながら声をかけてみたようです。
「今日はあやとりですか」
「うん」
「意外と奥が深いよねーこれ」
「それはそうと委員長」
「なに?」
「これ、何だから分かります?」
「暗号?」
「みたいです」
「…俺に聞くより生徒会の誰かに聞いた方がいいんじゃないの?さっき向こうに庶務が居たし、聞いてみなよ」
「庶務さん、ですか…。分かりました。ありがとうございます」
意外や意外。監査君の敬愛する委員長でも分からないことがあるようです。
監査君は委員長の指さす方向に歩を進めることにしました。
「庶務さん」
「…あぁ、監査君。おはよ」
「おはようございます」
「敬語抜けないねー」
「ですねー」
委員長の言うとおりに進むと、庶務さんがのんびりと歩いていました。
これから自室に戻るところなのでしょう。のんびりながらも足取りは軽やかです。
庶務さんは監査君が生徒会の中でも身近に感じる存在です。
監査君は早速、例の暗号文を庶務に見せてみました。
庶務さんは暗号文を受け取り斜め読みします。
「この文章?」
「はい」
「んー…俺もちょっとわかんないな。書記に聞いてみたら?」
「書記さんですか」
「こういうの得意だって聞いたよ」
苦笑い気味に暗号文を返す庶務さんは自分の歩いてきた方とは逆方向を指さします。
庶務さんにお礼を言って、監査君は書記さんに会いに行きました。
けれど監査君は気がつきませんでした。
庶務さんがものすごくあくどい笑みで監査君の背中を見ているのを…。
学園寮の一角にある自販機エリア。
書記さんはそこで飲み物を買っていました。
「書記さん」
「…監査」
「おはようございます」
「ん…はよ…」
書記さんは眠たげに、でも何時も通り言葉少なに答えました。
口数の少なさで右に出る者はいません。
「なんか…用?」
「何か用がないと話しかけちゃいけませんか?」
「別に…用件しか言わない…事務的な人間なの…知ってるから…」
「そんなつもりはないんですけど…これ、分かります?」
書記さんは口下手だから口数が少ないのではありません。
口を開けば毒を吐く毒舌人間なのです。
監査君は書記さんに例の暗号文を見せました。
書記さんは素直に受け取り、文章に目を走らせます。
「…これ?」
「はい」
「こんなの…最初から会計に聞きに行けばいい話だろ…?なんで…わざわざ俺に言うんだよ…。人に言われたことしか出来ないの…?」
「あー…まぁ、そうなんですけど。」
「…ゴメン」
「気にしてませんよ」
毒舌な書記さんですが、中身は誰よりも優しく、自分の毒舌で人を傷つけることを何よりも恐れています。
だから何時でも黙して語らないのです。誰も傷つけないために。
それを理解してる監査君は傷ついた素振りすらせず書記さんにお礼を言い、ある場所に向かいました。
学園寮内学習室。
学園でも利用者の少ないこの部屋に、監査君の目的の人物は居ました。
「会計さん」
「あれ?かーんさ君じゃん。おーはよ!」
「おはようございます」
「どしたの?こんな過疎地に来るなんて珍しいじゃない」
寮内学習室の窓側、一番奥の角のスペース。
何時もの定位置に会計さんは居ました。
机にはノートと参考書があり、お勉強してたのが窺えます。
「お邪魔でした?」
「うーうん。休憩なう」
「そうですか。ちょっと訊きたい事があって」
「何々ー?」
これなんですけど、と監査君は会計さんに暗号文の書かれた紙を手渡しました。
会計さんは受け取った紙をじっくりと読み、裏返したりもして一通り観察します。
回転椅子を回す度、ゆらりゆらりとピアスが揺れて、監査君の視界に入りました。
「どうでしょう会計さん」
「…さしもの俺でも、こういうクイズとか暗号はジャンル外なんだよねー」
「意外です」
「意外?」
「頭が柔らかいってイメージがあったんで」
「俺四角四面なんだよねー。杓子定規っていうかー」
「なるほど」
「ふくかいちょーに訊いてみなよー。俺より頭やらかいからさー」
「副会長さんに、ですか?」
監査君は副会長さんを頭に思い浮かべます。
しかし、監査君の頭に居る副会長に頭が柔らかいというイメージはあまりありませんでした。
「人は見かけによらないっていうじゃない?だから試しに訊いてみれば良いよぉ」
「はぁ…」
「今なら多分中庭に居るんじゃないかなー?」
学園寮の中庭はあまり生徒には知られていない日当たりスポット。
寮内学習室も過疎地ですが、それを超える過疎具合、それが学園寮の中庭です。
監査君は会計さんにお礼を述べ、とりあえず中庭に向かう事にしました。
寮から出て中庭に向かう監査君。
正直半信半疑だった監査君ですが、会計さんの言うとおり中庭には日向ぼっこしている副会長さんが居ました。
「…監査か…じゃない、監査君ですか」
「はい、おはようございます。すいません日向ぼっこ中に」
「いえ…構いませんよ、どうしましたか?」
寝転がりながら丁寧な物腰で対応してくれる副会長さん。
そのギャップに、監査君は何時も驚かされています。
前副会長の狡賢い・狡猾という印象とは対照的な、優しくも不器用な印象を持つ副会長に、同じ委員会だった先輩を思い出す監査君。
庶務さんの次に親近感を持つ人でした。
監査君は副会長さんの隣に座り、やっぱり例の暗号文について訊いてみます。
「これなんですけど…何か分かりませんかね?」
「暗号…ですか」
「えぇ」
「…駄目ださっぱりわかんねぇ…じゃない、分かりません。」
「…無理しなくて良いですよ副会長さん」
副会長さんは元々丁寧さという言葉とは無縁な人間でした。
副会長になるに際して自己を振り返り、今までの言動では生徒たちに示しがつかないと思った副会長さんは、こうして自己改革に腐心しているのです。
就任から半年経ちますが、生来の性格というのは中々矯正しづらいもの。
今でこそ物腰の柔らかさが板についてきていますが、ときたまぶっきらぼうで粗野な面が出てしまうのは仕方なしと言ったところです。
「すいません、お役に立てなくて」
「いえ、考えてくれただけでもありがたいですよ。ありがとうございます副会長さん」
「あぁ、どういたしまして。…あ、会長ならもしかして…」
「会長ですか」
「今なら自室に居らっしゃると思いますよ?」
「というわけで最後の砦、会長までやってきました」
「いらっしゃい監査君」
「おじゃまします会長」
「ゆっくりしていってね!」
監査君は副会長さんの言うとおりに生徒会長さんの部屋にやってきました。
会長さんはにっこりと人好きする笑顔で迎えてくれてます。
「それで会長、本題なんですが」
「それよりお茶しない?美味しい紅茶を貰ったんだ」
「え、まだ昼前…」
「飲むだけなら別に平気でしょう?」
「まぁ、そうですけど」
「じゃあ決まり。用意するからちょっと待っててね」
「えー…分かりました」
何やら強引に押し通され椅子に座らせられる監査君。
会長さんはいそいそとティーセットを出しています。
「ミルクは要るかな?」
「ストレートでお願いします」
「了解」
お湯を沸かしながら手際よく茶葉を淹れる会長さん。
監査君はその缶に見覚えがありました。
けど、あまりにおぼろげな記憶だし確証も無しに指摘するのは失礼かな、と監査君は違和感を無視します。
その違和感は実際当たってて、お茶しようなんて言うのは監査君を引き留める大義名分でしかないというのは会長さんしか知りません。
「どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
目の前に出された紅茶からを良い香りが漂ってきます。
紅茶が好き、というわけではない監査君。そんな監査君の記憶の中でも会長の淹れる紅茶はぴか一の美味しさです。
「…やっぱ会長の淹れるお茶って美味しいですね。」
「そう?そう言ってもらえると嬉しいな」
「ふー…」
「おかわりあるよ」
「…いやいや、そうじゃなくて」
じゃあお言葉に甘えて…なんて言葉が口に出る前に監査君は本来の目的を思い出しました。
今日中に謎を解かなければ監査君の秘密を暴露される可能性があるのです。
差出人が誰かとか、自分でもどんな秘密だろうとか、気になるところではありますが、秘密というくらいですので暴露されたくないことに決まってます。
不安の芽は早めに摘み取っておくに限る、と監査君は思いました。
「この暗号のようなものなんですが…」
「暗号、ね…」
会長さんは監査君から暗号文の書かれた紙を受け取り、目だけを動かし読みました。
少し考える素振りをしてから唐突に、監査君を見つめる会長さん。
驚いたのは監査君です。
「会長?」
「知りたい?」
「え?…えぇ、是非」
「そう…じゃあ、教えてあげる」
会長さんは紙を床に投げ捨て監査君に近寄ります。
監査君はその行動に疑問を持ちましたが、口にしようとした時には既に会長さんとの距離は殆どありませんでした。
「かい、ちょう?」
「よーく、よーく…聞いてね?」
「は、はい」
「あれはね…」
会長さんの顔が監査君の耳元に近寄ってきます。
女の子がされたらきっと一発でメロメロです。しかし悲しかな監査君は立派な男子。メロメロよりも先に困惑と緊張が芽生えます。
耳に息がかかり、監査君は身を竦ませました。そんな監査君の様子を見て会長さんは嬉しそうに口元を歪め、答えを口にしようとします。
その時
そんな状況を嘲笑うかのように、レトロな機械音が部屋を埋め尽くしました。
黒電話の着信音。監査君の携帯電話でした。
監査君は慌てて電話の相手を確認します。
「あ、委員長から電話だ」
相手は朝一番に会った委員長さんでした。
「委員長…またお前か…」
そんな呟きも監査君の耳には入りません。
監査君はそそくさと電話に出ます。
「もしもし、委員長ですか?」
『反応速度が遅くなったね』
「俺はライト信者ですから。で、どうかしました?」
『他の委員は未だに3コール以内だよ。特に用はないけど、暗号解けたかなって』
「それが…今会長とお茶してて」
『どうしてそうなった』
「さぁ…?」
『まぁいいや。ねぇ、会長君に代わってくれない?ちょっとお話があるんだ』
「え?いいですけど…」
「どうしたの?監査君」
「委員長が会長に代われと」
「俺に?ちょっと待ってね…はい、お電話代わりました…」
ケイタイを持ってリビングから出てしまった会長さん。
監査君にはその会話は聞こえません。
残された監査君は一人、リビングを見回します。
ふと、監査君の目にカレンダーが止まりました。
三月のままのカレンダー。しかし、今日から暦が変わっていたような…?
違和感を覚えた監査君でしたが、部屋の主が居ないのに勝手に部屋の物を弄るのは些か抵抗がありました。
今日が別名何の日か。監査君が気付いたのは午後になってからでしたとさ。