「チェレフ!チェレフー!」
少女は自らが名付けた猫の名を呼ぶ。
銀の毛並みが美しいその猫は、少女に歩み寄り、にゃあと一鳴きした。
「私のお話、また聞いてくれる?」
少女が語るのは、現実とはかけ離れた異世界の話。
狭いこの世界では、少女が居ざるを得ない世界ではあり得ない、空想。
「メイ」
「お兄ちゃん」
扉を開けて、入ってきたのは少女の兄だ。
少女にとって、真っ白なベッドよりも安心する存在。拠り所。
「ダメじゃないか、窓を開けて。体を冷やしたら風邪を引いてしまう」
「大丈夫よ、今日は暖かいもの」
「もしかして、また猫とお話ししてたのかい?」
「うん」
「部屋には入れてないだろうね」
「チェレフは良い子なのよ。ちゃんとお兄ちゃんの言いつけを守ってるわ」
「なら良いんだ」
少女は、病に伏せていた。
治る見込みの無い、絶望的な病。
余命も幾ばくか、大人になることさえ叶わない。
その事実を知ってか知らずか、今日も少女は笑顔を絶やすことはなかった。
「ねぇお兄ちゃん」
「なんだい?」
「世界は、素敵だね」
その言葉に、兄と呼ばれた男は息をつまらせる。
少女が素敵だ、と賛辞する世界。
その世界は少女の空想だ。実在などしない。
それでもその世界に、少女は笑顔を向けていた。まるで、恋をしているかのように。
だとしたら、なんて報われない片思いだろう。
男は少女の頭を撫でた。
「あぁ…素敵、だな」
「お兄ちゃんもそう思ってくれる?」
「…勿論さ」
何度めかの嘘を積み上げて、男は寂しげに笑った。
少女はその笑顔の真意にまだ気がつかない。
☆――――――――――――――☆
リハビリ作。報われないのは一体誰か。
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