「今日は機嫌が良いから、昔話してやろーか。」
彼はそう言った。
彼の様子は、気配は、人間のそれではない。
それもその筈。彼は人ではない。それよりもっと上位の存在なのだ。
人ではない彼は、久しぶりに自身の依代である少女、囲籠女の自室にやってきていた。
「是非。」
籠女は心の底から喜んだ。
自由奔放な彼の意向、命令で身を引いたとしても、まだ12歳の少女。
何処かで構ってほしいと思う心が、籠女にはあったのだ。
「そうだな…じゃあ、ほんの少し前の話だ。ある村であった、メモの切れ端の様な話。」
『いってらっしゃい。気をつけね。』
『いってきまーす!』
少年が五つのときの話だ。
少年は夏のある日、カブトムシを採りに刹迅神社の裏手に有る森に行った。
『はぁ…っ…はぁ…っもうちょっと…ついたっ!』
刹迅神社は、夏になれば大きな縁日が開かれるが、普段はあまりに寂れた社だった。
社の中には奉られている神、鬼神の像が置かれている。
『ちょっとおやすみ…つかれた…っ!』
虫とり網を放り投げ、神社の階段に腰を下ろす少年。日陰になったその場所で、ひんやりとした空気が少年の肌を撫でた。
カンカン、と何か固いものが落ちて転がる音が、本堂から響いた。
『………?』
不思議に思った少年は中に、本堂に入る。
転がっていたのはビー玉だった。
『きれー…。』
『やろうか?』
声がした。少年とそう変わらない、子供の声だ。
その声は右からとも、左からともつかない所からしている。
『だれ?』
『それ、やろうか?』
『どこにいるの?』
『それ、やろうか?』
どんな問にも同じ言葉しか返さない声を、少年は不思議に思った。
恐怖を感じるには、少年はまだ幼かったのだ。
『…くれるの?』
『あぁ。』
『ありがと…。』
少年が言うと、声は笑った。
『なぁ、遊ばないか?』
『え、でもカブトムシが…。』
『じゃあそれでいい。一緒にカブトムシ、捕まえよう。』
ぎっ
床板が軋む音に振り向くと、後ろに少年と同い年くらいの子供がいた。
手には少年の虫とり網がある。
『お前、名前は?』
声は、問いかけたものと同じだった。
『…律紫。』
彼奴(槐)と律紫の出会い。
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