「楽しいかどうかは私の決めることじゃないわ。そうでしょ?君が楽しいと感じることが、私にとって楽しいかなんて、解らないもの。」
沢山の工具を引き摺って、魅礼ちゃんは言った。
「例えば、私は彼らが好きだけど君は好きでも嫌いでもない。好きでもない人がこれを理解出来るわけがない。実感できない訳なんだし。」
魅礼ちゃんは道具屋の娘だ。厳格な父と聡明な母、そして鎌や鋸、ドライバー等の農具や工具に囲まれて育った。彼女にとってそれらは兄弟の様なものだ。
だから彼女は道具の整備士をしている。腕も確かだ。
本人は“医者だ”と言っているけれど。
「魅礼ちゃんは、好きなんだね。兄弟が。」
「貴方は?」
「僕はねぇ、兄弟いないから判らないよ。妹みたいに可愛がってる後輩は居るけどね。彼女は友達の妹で僕の妹じゃない。」
「ふぅん。」
然して興味もなさそうな返事だ。多分本当に興味ないんだろう。
彼女が興味を示すのは、もっと別の事。
「じゃあね翔太君。不調があったら、また言ってちょうだい。」
「うん。」
「用途は何であれ、怪我しっぱなしは嫌だもの。」
僕の仕事に嫌悪を持たず、ただ淡々と仕事をこなす彼女が、僕にとっては貴重な存在だ。
可愛い後輩も、不思議な同輩も、その一人。
他の人はきっと、僕を嫌悪しこそすれ、好きになったりはしないだろう。
「魅礼ちゃん。」
「なぁに?」
「ありがと。」
だから僕は、改めてお礼を言った。彼女は薄く微笑んでいた。
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